第一巻
第三十首
詠み人:柿本人麻呂挽歌

楽浪の 志賀の 辛崎 幸くあれど 大宮人の 舟 待ちかねつ
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挽歌
現代語訳
ささなみの志賀の辛崎は、たいそうよい景色の場所ではあるけれど、かつてここで行き交っていた大宮人(朝廷の人々)を乗せた船は、いくら待ってももう二度と帰ってくることはないのだなあ」。
シチュエーション
前出の反歌。「変わらない自然(辛崎)」と「失われた栄華(大宮人の船)」を対比させることで、滅びの悲しさと無常観を強調した哀愁の歌です
原文
樂浪之志賀辛崎雖風景優美,然大宮人之船遲不至,使人久待而倦。
歌に登場するもの壬申の乱

天智天皇が亡くなった後、「跡継ぎ」をめぐって親戚同士で殺し合いをした大ゲンカです。大海人皇子(叔父) 勝利し、大友皇子(甥)が 自害しました。20年後に人麻呂がこの歌を詠んだのは、死者の魂をなぐさめるためともいわれています。近江大津宮(現在の滋賀県大津市付近)は、 かつて天智天皇が都を置いた場所ですが、天智天皇の死後、壬申の乱(じんしんのらん)という激しい内乱が起こり、都はわずか5年で廃墟となりました。
柿本人麻呂ゆかりの地
明日香村周辺の宿を探す(楽天トラベル)関連画像Wikimedia Commons
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